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2015年09月27日

「ご神体」は井伊直弼ゆかりの草履・・・産経ニュースより

「ご神体」は井伊直弼ゆかりの草履 崩壊の滋賀県長浜・西野水道、復旧に尽力
2015.9.25 07:00
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 幕末の大老で彦根藩主だった井伊直弼(なおすけ)(1815-1860年)ゆかりの草履(ぞうり)を「ご神体」として祭っている祠(ほこら)が、長浜市高月町西野にある。洪水で崩壊した放水路の復旧に当たった直弼の善政に対する領民の感謝に基づく信仰とみられ、生誕200年を迎えてさまざまな行事が展開される中、直弼の再評価につながると注目される。

 祠があるのは、余呉川の度重なる氾濫から一帯を守るため、琵琶湖への放水路「西野水道」が築かれた西野地区の旧庄屋・野洌(やす)家の敷地内。祠の中に、長さ25センチ、最大幅8センチのわら草履2足が、神体として祭られている。

 西野水道は、江戸後期の1845年に完成した全長220メートルの放水路で、現在は県史跡。西野地区は当時彦根藩領で、直弼は藩主になった後の1852年に西野水道を視察した際、領民たちが作った草履を履いて水路内を歩いたとみられる。

 翌年、一帯が洪水に見舞われ、西野水道の流入部や放出部などが土砂で崩壊。直弼は復旧に当たる一方、修理に尽力した野洌家に対し、褒美(ほうび)を与えたことが伝えられている。

 高月観音の里歴史民俗資料館(同市高月町渡岸寺)の佐々木悦也学芸員(55)によると、西野水道の完成当時、地元では見学者に草履を貸し、料金を徴収していたという。「放水路を復旧させて村を救済してくれた直弼への感謝の思いから、直弼が履いたとされる草履を祭ることになったのではないか」とみている。

 直弼の生誕200年を迎える今年、幕末の“悪役”としての印象が強い直弼の業績を正しく評価する材料の一つになると期待されている。

 野洌家の現当主、弘子さん(69)によると、野洌家は、直弼視察の際に休憩所として使われたといい、この祠のほか、馬に乗る際の踏み台にしたとされる「馬乗り石」の伝承も残っている。

 彦根藩主を務めた井伊家の現当主で彦根市教委歴史民俗資料室の井伊岳夫・室長補佐(46)は「先祖の草履が大切に祭られていることに感激した。当時のわら草履が良好な状態で残っているのも驚きだ」と話している。